目を覚ませ
観光客が来る前の、まだ誰のものでもない朝。
昨日と今日のあいだに、ほんの少しだけ隙間がひらく時間がある。
首里の街はまだ眠っている。けれど東の空の低いところに朝焼けの朱がにじみはじめると、その色はゆっくりと街へ降りてくる。首里城の赤瓦が、家々の赤瓦が、空の朱を受けとめて同じ色に染まっていく。暗がりの中で、瓦だけがほのかに灯る。空と街の境目が消えて、古い都がまるごと内側から光っているように見えた。
私は毎日、その時間に石段をのぼっていた。
祈りをはじめて、今日で百八十二日目だった。
手のひらには小さな水晶の玉。拝所の前でひざまずき、目を閉じて、同じ祈りの言葉を三回くりかえす。そうすれば、変わらない何かが変わる。そう信じたかった。
その朝、祈りの途中で、ふっと風が止んだ。
「目を覚ませ」
振り返っても、誰もいない。
石垣の向こうで、群青の空が朱に溶けていく。その光が手のひらの水晶にも届いて、小さな朱色がともった。
声の主を探すことを、私はいつのまにか忘れていた。
きれいだ、と思った。それだけで胸がいっぱいになった。足りないものを数えるのをやめて、ただ光を見ていた。
涙が出たのは、悲しいからではなかった。